今日も和賀心学 (2022-10-10)
- より良い暮らしと心の成長を求めて -
今朝は起きがけに、目的別に目標を定める、と心に響いて来た。また、マルチパーパス、とも。そしてフト、私にかけられた神様の願いは若しかしたら一つではないのかも知れないと思わせられた。神様は私に複数の願いを、即ち複数の目的を持って居られるのかも知れないと。神様の御心に触れる事が有難い。
ご覧頂き有り難うございます。
(和賀心教典 225頁)
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合掌
中原博信
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御理解 第11節
神は天地の守りじゃから、
離れることはできぬぞ
天地を守ってござると同時に、
小天地である私共も一様に御守護下されてあるのですから、
お守りを受けていることを悟り、神恩に報ゆる生活が出来ねば、
人間の求めに求めている安心の生活には入れません
「神の守りをうけておる」
「神のふところにある」の実感が安心です
形の上で御守り頂いても究極、
心の中まで御守り頂く事は出来ません
ただ信心による和賀心をもって願うところに、
心も又、御守護の中にあることがわかります
「神のふところにある」実感が安心です、と
神様の懐にあると言う実感が安心です、と
神様の懐にある、
これはどう言う時に頂けるのでしょうかね、
様々に有ると思います、
やはり私どもが願い通りのおかげを頂いた時もそうでしょうけれども、
また願い通りに事が運ばない、
そう言う中においてもまた神様の御心を感じ取らせて頂く、
中でもやはり神様から、何と言いましょうかね、
お知らせの様なものを頂いた時に、
あぁこれが神様の御心なのか、
これが私にかけられた神様の御心なのか、
と言う様なものを感じさせて頂く、
色々なものが有りましょうけれども、
色々な一つ一つの信心体験、神様体験と言うのでしょうかね、
そう言う事の積み重ねの中に、
なる程神様の懐の中に有る吾だなと、
神様がお守り下さってある私だと、
言う事を感じさせて頂く、実感させて頂く、
その為にはやはり一つ一つのおかげと言うおかげを頂き、
積み重ねる、
その体験の積み重ねがやはり大切だと思いますね、
一つ一つの信心体験を大切にさせて頂かねばならない、
またそう言う信心体験を頂いて行かねばならない、
と言う事でも有りますね
今朝は有難い事に起きがけに、ふと心の中に、
目的別に目標を定める、と言う言葉が心に浮かんで参りました
目的別に目標を定める、そしてまた別の、
マルチパーパスと言う言葉が心の中に浮かん出来ました、
何か私どもが目標と言うのでしょうか、目的と言うのでしょうか、
そう言うものを定めて、そこに向かって精進させて頂く、
今までは何か一つの事に、目的、一つの目的の為に行動する、
と言う様な事をイメージして居りましたけれども、
今朝のそれからすると、何か目的と言うのでしょうか、
目指すものが複数あって良いのだと、
いやこれは私にかけられた神様の願いが一つではないと、
ただ一つだけではない、
あれの分野、これの分野、
色々な事が有るのかもしれませんけれども、
これは神様が私に願いをかけられているのは、
一つだけではないのではないか、
言わば複数の目的が有るのではなかろうかと、
そしてその複数の目的に応じて、その目的別に目標を定める、
と言う何かそういう言わば私にかけられた願い、
それが複数有るのではないか、
と言う様なものを、その時に感じ取らせて頂いた事でした、
神様が色々な事を思わせられたり、
お知らせであったり、成行きの中に様々な事が有ります、
そのそれら一つ一つ、色々な事を通して、
神様の御心を感じ取らせて頂く、
と言う事が大切なのではないでしょうかね
そしてその神様の御心に触れる時に、吾、神の懐の中にある、
と言うものをまた実感させて頂く事が出来る、
そこに安心も頂けれると言う事になると思いますね、
そう言う道を師匠は、大坪総一郎師は教えて下さった、
またその世界を体験する事を
教えて下さったのではないかと思いますね
いわゆる神様と私どもとが、合い楽しみ合う、拝み合う世界、
合楽世界と言うものがそこに有るのではないでしょうかね
その信心をして初めて、
神様との合い楽しみ、拝み合う世界であって初めて、
人間、いや人類の真の助かりが得られる、
と言う事になるのではないでしょうかね、
その為には、そう言う世界を伝える為には、
色々有りますね、その色々有る、その何と言いましょうか、
複数、確かに思い付くだけでも、
あれもしときたい、これもしときたい、
あれも伝えたい、これも伝えたい、
と言うものがやはり有りますけれども、
それら皆なを夫々の目的を持って、
そしてその目的に応じて目標を定めて、それに取り組めと、
何か神様がそう御示し下さった様な感じが致します、
とにかく一番有難い、楽しい、
それは神様の御心に触れさせて頂く、
神様がその御心を吐露して下さる、
その神様の御心を実感として感じさせて頂く
その賀びであり、楽しみであるのではないでしょうかね
そこに信心体験が積み重ねられて行く、
と言う事でもあると思いますね
どうぞよろしくお願いいたします
ありがとうございます
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