今日も和賀心学 (2022-10-29)
- より良い暮らしと心の成長を求めて -
人が真実助かる為には先ずは御教えの勉強が要る。棚からぼた餅的に助かりが得られるものではない。その助かり様が凝縮されたもの、それは師匠のおかげの泉だと思う。師匠自ら選び出された御教え約200教話を活字化された。病人の枕元でパラパラとページを捲るだけで病人がおかげを頂かれたとも言われる。
ご覧頂き有り難うございます。
(和賀心教典 337頁)
ビデオ: https://youtu.be/XV109L4FvXw
音声のみ(データ節約): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/nakahara-gorikai/audio/2022-audio/10-audio/Wagakokology_Labo-jp-2022-10-29.mp3
合掌
中原博信
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御理解 第48節
わが子の病気でも、
かわいいかわいいと思うてうろたえるといけぬぞ
言うことを聞かぬ時に、ままよと思うてほっておくような気になって、
信心してやれ、おかげが受けられる
安心と慢心は紙一重
『放っておくような気』と言うても、
横着であってはならず、慢心では尚更いけぬ
医者でも、自分の子供の手術が出来るようになると一人前だと
言われるように、メスをとる手に自信が出来るからである
信心も、子供の病気だけでなく、様々な難儀に直面した時、
放っておくような気で信心することが出来たら、おかげになる
一心の信心修行が出来ている時は不思議な度胸が出来て、
同じようなおかげが受けられる
本当は、わが子もなければひとの子もない境地が開ければ最高である
ここはもう、お徳をうけた者の世界である
我が子も、人の子も
同じ様に祈れると言うのでしょうかね
師匠と言えども其のやっぱり、
その我が子と、人の子と何と言いましょうかね、違いが有る様ですね、
どちらがどうあるべきなのかは
良く分かりませんけれども、
三男、幹三郎、肉腫の診断があった時、
99パーセントダメだったと、ダメだと、
そしてそれでも心は平生だったと、仰って居られますね、
我が子の病気に於いては、それこそ我が子が命が亡くなろうと、
それも神様の御働きとして
頂いて居られた訳ですね、
しかしこれが、若しこれが御信者さんの子供であったならば、
どうあっただろうか、どうであっただろうかと仰って居られますね、
我が子の病気、我が子の事ならば、
死んでもままよ、で受けられる、受けられたのですね、
けれどもこれが
御信者さんの子供さんであったならば、
その子供さんが、死んでもままよ、
と言う事だったのだろうかと思いますが、
その師匠のニュアンスには、
そうではなかっただろうと言う様な感じですね、
我が子の場合には、
もう死んでもままよ、だけれども、
人様の子供さんの場合には、おそらく必死で神様に,
その命が助かられる事を願われたのではないでしょうかね
やっぱりその辺の違いは有る様に思いますね、
そう言う例えば心の動きと言うのでしょうか、
そう言う師匠の心の動きと言った様なもの、
それをやっぱり勉強させて頂かねばなりませんね、
その為には師匠の御教えを頂かねばなりませんけれども、
昨日は、昨夜になりますか、
師匠のおかげの泉、昭和45年から、ほぼ月に一つのお話を、
初代自らも加わられて選ばれた御教え、
それこそこの御教えは世間の人々にも頂いてもらいたい、と言う
そう言う御教えが月に 1つか、時によっては 2つか活字化されましたね、
それを師匠自らが選ぶ事に加われたであろうと思われる、
昭和57年までのおかげの泉、大体 160号位有る様ですが、
その中に収められている御教えの元になる御理解、
音声データですね、おかげの泉は活字化されていますから、
その活字化されたものですから、
ある程度の加筆訂正がなされている訳ですけれども、
その元のデータをアップロードして、
皆さんに聞いて頂ける様になりました、
これが私は、初代の八千、九千とも言われる御理解の中の
約 200教話位有る様ですけれども、
原典と言うのでしょうか、どうでも勉強しなければならない、
初代が自ら選ばれた、師匠自ら選ばれたお話だと思います、
やはり師匠の御教えを、御理解を頂いて、
師匠がどういう心持ちで居られたのか、
その師匠の心の有り様と言うのでしょうかね、
師匠の信心と言うのでしょうかね、
そう言うものをやっぱり勉強をさせて頂かねばならない、
と思いますね、それはとりも直さず、人が助かると言う事において
どう言う風にあったら、それこそ神様のおかげを頂いて、
人間が真実助かって行く事が出来るか、
勿論刹那的な助かり方も有ります、仮初的な助かり方も有ります、
それら一切を含めての助かりと言う事ですね、
ある時などはその、おかげの泉を病人さんの枕元でパラパラとめくる、
それだけで病人さんがおかげを頂かれたと、
言う話も有る様ですから、
大変効能的にも効能の有る御教えだと言う事になりますね
そう言う師匠の、御一生の中で、
厳選された御理解と言う事になります、
どうでも私どもが先ず第一は、
師匠の御理解を、御教えを勉強させて頂く、
そこから師匠の心を汲み取って行く、
と言う事になるのではないでしょうかね、
そしてそこから初めて、人間とそれこそ天地金乃神様、
また金光大神様、その三位一体と言うのでしょうか、
どうでもよければ皆さんに是非とも頂いてもらいたい、
おかげの泉ですね
どうぞよろしくお願いいたします
ありがとうございます
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