今日も和賀心学 (2022-03-09)
- より良い暮らしと心の成長を求めて -
我が身の上におかげを受けて後に人を助けてやれと仰せられるのであるから、先ずは自分自身が助からねばならぬが、その助かった心を持って困っている人の助かりを祈る心が生まれて来るお育てを頂きたい。そして人の助かりの為にこの氏子を使おうと天地金乃神様に使うて頂ける様な氏子に成りたい。
ご覧頂き有り難うございます。
(和賀心教典 377頁)
ビデオ: https://youtu.be/41Nq6WbxlrQ
音声のみ(データ節約): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/nakahara-gorikai/audio/2022-audio/03-audio/Wagakokology_Labo-jp-2022-03-09.mp3
合掌
中原博信
(ブログ): https://wagakokology.blogspot.com
(Blog-en): https://wagakokology-en.blogspot.com
(ホームページ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
(ポッドキャスト): https://anchor.fm/wagakokology-jp
(初代/ポッドキャスト番組名): 大坪総一郎師御理解集
(初代/ポッドキャスト): https://anchor.fm/wagakokorogaku
(初代/ポッドキャスト番組名): 大坪総一郎師御理解集 第2集
(初代/ポッドキャスト): https://anchor.fm/wagakokorogaku-2
(スカイプ会議リンク): https://join.skype.com/ZrgSr5pB6gvS
-------------------------------------------------------
御理解 第61節
神より金光大神に
いつまでも尽きぬおかげを話にしておくのぞ
信心しておかげを受けたら
神心となりて人に丁寧に話をしてゆくのが 真の道をふんでゆくのぞ
金光大神が教えたことを違わぬように人に伝えて
真の信心をさせるのが 神へのお礼ぞ これが神になるのぞ
神になりても
神より上になるとは思うな
信心生活とは神様中心の奉仕の生活をいうのである
神様を使う信心から神様に使われる信心をめざせ
神様を使う信心から 神様に使われる
神様から使われる信心をめざせと
神様に使うて頂く
神様が この氏子を使おうとなさる
神様が この氏子は役に立つ 使おうと思うて下さると
それこそ長生きも出来よう と言うものだと思いますね
ああこの氏子はもう使い道が無いとなると
寿命もいわゆる決められた寿命で終わるのかもしれません
神様が いやこの氏子はもっと使えるぞ と御思いになられたら
その標準の寿命より と言うのでしょうか
決められた寿命よりもっと長く
いやこの氏子はもっと長くこの世で使いたい と思われたら
標準と言うのでしょうかね
定められた寿命から 更に 5年 10年と長く使われる
長生きが出来ると言う事になるのかもしれませんね
その辺の所は分かりませんけれども ただただ想像ですけれどもね
何かある先生などは 神様からもう用済みだと
御用済みだとなられたら
何と言いますかね あの世に行かなければならない
と言った様な事を仰られた先生も居られますね
神様から御用済みだと言われない様な
この氏子をもっと使いたいと思われる様な
私どもになりたい
ならせて頂かねばなりませんね
その存在そのものが
人の助かりに繋がると言うのか
その人の存在によって心が洗われる 助かる
心が楽になると言う方が居られますね
やはり師匠大坪総一郎師などもそうでしたね
師匠にお会いするだけで こちらの心が洗われる 助かりますね
ですからやっぱり皆 師匠の長生きを願いましたけれども
それはそれで神様の御都合もお有りになる事でしょうから
永遠に生き通しと言う事にはいきませんね
私どもの心の中に生きて居られると言う事でしょうけれどもね
その神様が この氏子をもっと使いたいと思われる
そう言う氏子とはどう言う氏子だろうかと
今朝頂きますのは 私どもが いわゆる助かって行く
心を育てる事に悟る と言うのでしょうかね
その心を悟る事に目覚め 失礼 心を磨く事に目覚め
そして心を育てる事に精進努力をする
そしてまた日々の生活の中に
神様のおかげを頂き お生かしのおかげを頂く
そこで止まって居ったのでは
我が身だけの助かりと言う事になります
我が身だけの助かりをする そこ止まりの人
を何と言いますか 使いようが有りませんね
そこから その人がもう一歩進んで
人の助かりを祈る 人の助かりを願う
我が身のおかげを受けて
後に人を助けてやれと 仰せられます様に
それこそ人の難儀を見て
人様が助かられる おかげを頂かれる事を祈る心が生まれて来る
そう言う人を
神様は待って居られるのではないでしょうかね
あちこちで紛争が有ったり 困った出来事が有ったり
そう言う渦中の中に居られる人 難儀な中に居られる人
そう言う人の助かりを祈る心が
私どもの中に生まれて来る
そしてまた 自らが成行きを大切に尊ぶ
或いは心を育てる事に精進をする
そこに助かりを得た人達が こう言う取り組みをしたら助かりますよ
と言うその助かり具合と言うものを伝えて行くと言うのでしょうかね
そこに自らの助かり を人様の助かりの為に伝えさせて頂く
今日の御理解に有りますね 神心となりて人に丁寧に話をして行く
それが人様の助かりになる事だから
そう言う人様の助かりになる事の為の話をして行くであったり
お導きであったり その 人が助かる事の為に
言わば神様への奉仕をさせて頂く
そう言う人を
神様は待って居られる様な気が致しますね
そしてその人の助かりを祈る そして祈るばかりではなく
何かしら人の助かりの為の御用をさせて頂こうと言う人
そしてその真の道を正しく伝えて行く人
人の助かり それを正しく伝えて行こうとする人
そう言う人々を神様は
よしこの氏子をもっと使おう
人類の助かりの為 人の助かりの為に
この氏子をもっと長く使ってみよう
と思われるのではないでしょうかね
だからと言って 人の助かりを祈る
と言う事では有りませんけれども
神様に使われる為に 助かる 人が助かる事を祈る
と言う事ではありませんけれども
私どもの心の中に 人の助かりを祈る心が芽生え
そして人の助かりの為のお役に立たせて頂きたい と言う思いが募り
そこを神様がご覧になって
よしこの氏子を使おうと言う事になるのだと思いますね
それは当然 無条件の人の助かりを祈る
そのお役に立つと言う事でなければなりませんけれども
どうでも私どもの中に
人が助かる事を祈る心が
そのお役に立たせて頂きたい と願う心が愈々生まれ 育ち
強くなって来る そう言うおかげを頂きたいと思いますね
どうぞよろしくお願いいたします
ありがとうございます
0 件のコメント:
コメントを投稿