2022年3月2日水曜日

信心の目的は2つ、自らの心を育てる事、神様のおかげを頂く事 (2022-03-02)

 今日も和賀心学 (2022-03-02)

 - より良い暮らしと心の成長を求めて -


信心をすると言うが、信心の目的は2つ。一つは神様のおかげを頂く事。もう一つは自らの心を育てる事。この2大目的を持って信心の稽古をさせて頂くと言う事。この2つの目的が曖昧になっているから信心がハッキリしない。信心の目的をハッキリさせると言うこと、自らの心を育てる、神様のおかげを頂く。


ご覧頂き有り難うございます。

(和賀心教典 122頁)


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合掌

中原博信

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御神訓




体を作れ

何事も体がもとなり




願わずにおれぬが

又 作る精進を忘れてはなりません




其の精進とは 天地金乃神と一心なり

の信心を目指すことであります




嵐の前の静けさや降る前の雲行の上に

その前ぶれのように 前兆としての現象が起こる




大音声に又 或る時はささやくように

天地自然の生きた動きは実に親切である




お道の信心は 天地との交流を

生活のリズムの中に受けとめられる生活を願いとせねばならぬ




天地との交流と教えて下さいます 如何にしたらその天地

神様と言う事でしょうか との交流が出来るのか




この言わば 信心をするとか

信心をさせて頂くと申しますけれども




その大抵はやはり難儀が起こる

その難儀を助けてもらうと言うのでしょうかね




難儀から逃れたい 或いは自分の願い事が叶いますようにと言った様な

そこから信心と言うものが始まると思うのですけれども




そしてそれが一つの

馬の前にぶら下げた人参の様な役目をするのかもしれませんが




それでこの御道に御縁を頂き そして教祖様が

願う氏子におかげを授け 理解申して聞かせと言われる様な




その先ずは氏子の願いを叶えて

そして後に神様の御教えと言うのでしょうかね




それを教えて頂く

と言う様な図式になるのでしょうけれども




大抵は願う氏子におかげを授けで

終わってしまう事が多い様な感じも致しますね




中々その後の理解申して聞かせの

その理解を聞こうとしない




その聞こうとしないから おかげを例えば 10の内の 2とか 3とか

少しだけ小分けして授けて その全部のおかげを頂きたいと言う




その頂くまでに理解申して聞かせる

と言う事を神様がなさると言う事も有りますね




そのこの辺の兼ね合いと言うのか

それは氏子の方に信心すると言う事の目的と言うのでしょうか




神様が氏子に願われる 氏子に信心をさせたいと言うその目的が

ハッキリしていないからだと思うのですね




ただ何となくおかげを頂きたいと言う

そこで止まっているのではないでしょうかね




この御道の信心の目的 それは 2つ有ると思います

1つは確かに そのいわゆる神様との交流が出来る




その神様との交流 そこから流れて来る所のいわゆるおかげを頂く

神様のおかげを頂くと言う事でしょうか




それは今朝のミニ御理解に有ります

天地との交流の姿だと思うのですね




天地との交流 神様との交流無しには

神様からの本当のおかげは来ませんね




まぐれ的なおかげであったり

まぐれ的な奇跡と言うのは有るかもしれませんけれども




四六時中神様のおかげを頂き通す

為にはやはり天地との交流と言う事が要りますね




そしてもう一つの大きな目的

これは私どもの心を育てると言う事ですね




ですからこの神様を 何と言うのでしょうかね

神様からおかげを頂くと言う事と




私どもの心を育てる

と言うこの 2つの 2大目的を持って信心させて頂く




この 2つをハッキリ自分の中に認識する

その目的を 2つ持つと言う事が大切な様に思いますね




例えば野球などだと投げる 打つ 走るですか

そしてまた受けると言う事が有りますね




投げる練習をする 打つ練習をする そして受ける練習をする

勿論そこには走ると言う事も有るでしょう




そう言う何と言いますかこれだけはしなければならない

この目的が有る訳ですね




信心すると言う事のそこには 神様からのおかげを頂くと言う大目的

ともう一つ 自らの心を育てると言うこの大目的




この 2つの大目的をしっかりとハッキリと認識した上で

そしてその信心に臨むと言う事になりましょうかね




それが 後々ではその 2つが一つになって行く世界も

有るのでしょうけれども




最初の内はとにかくこの 2つの目的

神様のおかげを頂く そして自らの心を育てる




この 2つの目的をハッキリそれこそ意識して

努めねばならないと思いますね




神様のおかげを頂く為には ああした方が良い

こうした方が良いと言う事が有りましょう




そしてまた自らの心を磨く その為には

こうした方が良い ああした方が良いと言う事が有りましょう




いわゆる御理解と言われるものの中には

それらがごちゃ混ぜになっているのですね 実は




そのごちゃ混ぜになっているから 何が何やら

話を聞いても分からなくなると言う所が有りますね




ですから これはおかげを頂く事の為の役に立つ話だ

これは自らの心を磨く事の為に役に立つ話だとハッキリ聞き分ける




そう言う作業をすると

また信心が楽しいものになるかもしれませんね




日参 聴教 信行 心行 家業の行と言われますけれども

その中にはやはり全てが入っておりますよね




日参する事によって教えを頂く

と言う事ですけれども




教えを頂くそれは 自分の心を育てる為の教えも有れば

おかげを頂く為の教えも有る




信行 信心の行 これなどはやはりおかげを頂く為の行だと思いますね

もう一つの心行 心の行これなどは自らの心を育てる為の行ですね




そう言うものが家業の行

いわゆる日々の生活の中に




そのおかげを頂く為の行と 自らの心を育てる為の行が

なされて行かねばならないと言う事だと思いますね




特にどう言う心を育てれば良いのか それを端的に教えて下さったのが

天の心 地の心 日月の心であると思いますね




おかげを頂く為の行 それはやっぱり信心の行

いわゆる御祈念信行と言われるものであったり




言わば御用と言う事も

そう言う事になるのかもしれませんね




今自分がしておる事が おかげを頂く為の精進なのか

自らの心を磨く為に 心を育てる為の精進なのか




そのそこの所をハッキリさせて取り組む

とまた信心が一つ楽しいものになるのではないでしょうかね




とにかくこの 2つの事

おかげを頂くと言う事と 自らの心を育てると言う




この 2大目的を持って信心に取り組ませて頂く

と言う事ですね




どうぞよろしくお願いいたします




ありがとうございます



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