今日も和賀心学 (2021-12-10)
- より良い暮らしと心の成長を求めて -
教祖様は天地日月の心になること肝要なりと教えて下さる。師匠大坪総一郎師は、天の心とは与えて与えてやまぬ美わしの心、地の心とは受けて受けて受け貫き自らの心を育てる土の心、日月の心とは日月の運行の如く精進する実意な心と教えて下さる。土の心で自らの助かりを頂き、更に天の心で人様の助かりに寄与し、それが日月の精進でなされること。
ご覧頂き有り難うございます。
(和賀心教典 148頁)
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合掌
中原博信
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御神訓
心にかくる守りは汚るることはなきものぞ
確信こそ心の守りである
神様を信じて疑わない心
成行きとの対決に於いて 力を鍛える
そこから生まれてくる心を そのまま心の守りにしたい
確信こそ心の守りであると
ではその確信とは何を確信するのか と言う事になりますね
勿論その確信する事の第一は この天地金乃神様と言う御方は
人間を幸せにしよう 幸せにしようと言うその一念の御方だと
それこそ人間の心を万年億年かかってでも
円うしよう 円うしよう
いわゆる和らぎ賀ぶ心を持って欲しい
身に着けて欲しいと願って居られる
それはその和賀心による所の幸せを授けたいから
その人間の幸せを只ひたすら願って居られる神様だと
そこの所を先ず確信出来なければなりませんねぇ
これがもし この神様は人の不幸を願って居られる神様だとか
人に意地悪をしたい神様だとか
そう言う確信を持ったとしたら
人の助かりにはなりませんね
人が助かると言う事の為にも この神様は
それこそ万年億年かけてでも人の幸福を 助かりを願って居られる
その事の為に一切の働きをして下さっている神様だと
そこを先ず大確信する事だと思いますね
その土台が有って さあ次はどこを確信するのか
やはりこれは成行きへの確信であったり
師匠の祈りへの確信であったり
その教えへの確信と色々な確信が有るのでしょうけれども
中でも師匠は そのいわゆる
成行きを大切にすると言う信心に突入されてから
それこそ後で述懐して居られますのが
神様が 天の心を 地の心を 日月の心を育てて下さった
と仰って居られますねぇ
あぁあの時に地の心 いわゆる土の心を作って下さった
あぁあの時に天の心を作って下さったのだな と後でそれが分かったと
師匠は 最初から天の心 地の心 日月の心を
身に着けようとされた訳ではないけれども
神様の方が 師匠にその成行きを通して色々な心を作らせられた
そして結局振り返って見ると 師匠自ら振り返って
あの時に天の心を作らせて下さった
あの時に地の心の稽古をさせて下さった と分かられた訳ですね
そしてそれが分かった暁には
これからはそれこそ自らの取り組む目標と言うのでしょうかね
また人々にその事を伝えられた
と言う事になりますね
結局私どもがそれこそ 天の心 地の心
日月の心を身に着けようと精進修行をする
それは何故かと言うと
神様が身に着けさせようとして居られるから と言う事にもなりますね
私どもが身に着けたいから
神様が身に着けようとさせると言うよりか
神様が身に着けさせようとして居られる
だからそれを私どもの方が忖度と言うのでしょうか
その神様の御心を汲み取ってと言うのでしょうか
そして改めて自ら 天の心を 地の心を 日月の心を身に着けようと
言わばそれまでは消極的と言うのか
そうさせられるからそうしておったものを
今度はこちらの方から
そうしようと積極的に打って出ると言うのでしょうかね
そう言う事になった訳ですね
師匠はそう言う信心を教えて下さった訳です
神様の御心は それこそ人間氏子に 天の心を身に着けさせよう
地の心を身に着けさせよう 日月の心を身に着けさせようとして
様々な成行きを起こして下さる
与えて下さると言う事になりますね
そこの所が確信出来て
神様が私に与えられるその成行きと言うものは
私に天の心を作らせよう 地の心を身に着けさせよう
或いは日月の心を身に着けさせよと言う
その事の為に神様が働きをして居られるのだ
起こして居られるのだと言う事を確信すると言う事ですね
そこが確信出来て そして改めて
それならば天の心を身に着けよう 地の心を身に着けよう
日月の心を身に着けようと そこに精進の目標を改めて
私どもの方から定めて行く
そこに神様のお喜びも頂けれるのではないでしょうかね
神様が目指させようとした所に 私どもが目指そうとする訳ですから
目指す所が同じになる訳ですからね
神様もその御働きをし易い 働き易いと言う事になりますね
師匠は土の心 地の心で八合目まで
後の二合は天の心でと教えて下さいます
自らの幸せ 自らが助かる為 それはどうしても土の心が必要です
起こって来る成行き それを受けて受けて受け貫く心
その受け貫く心によって自らの助かりが得られます
そしてその後の二合 自らの助かりが得られた後は
師匠が 救われる身から
救う身へと教えて下さる
後の二合 天の心 これは人の助かりを願う心
人様が助かられる事の為に精進させて頂く と言う天の心
愈々この 人の助かりを願う 祈る心が強くなって来る
そこに天の心が身に着いて来ると言う事になるのではないでしょうかね
先ずは土の心で我が身の助かりを頂き
そして天の心で人の助かりを祈れれれる様な私どもになる
そこにそれが日月の精進として為される時に
天地日月の心が身に着くと言う事になるのではないでしょうかねぇ
それこそ神様が
私どもに願われる心
それは自らの助かりをもって人様の助かりが願われる
人様の助かりに寄与出来れる様な人間になる
そう言う人間を神様は作ろうとして居られる
作りたい 育てたい その事の為の成行きだと言う事になりますね
どうぞよろしくお願いいたします
ありがとうございます
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