2023年2月25日土曜日

目標を定めると言う事が大事 (2023-02-25)

 今日も和賀心学 (2023-02-25)

 - より良い暮らしと心の成長を求めて -


目標を定めると言う事が大事。師匠大坪総一郎師は、日本一有難い私になろう、と目指しを置いた。これが良かった、と仰って居られた。やはり目的地の無い人は精進努力の術も無い。ただ成るように成るさ的な成行き任せではない。確かな目的地が有ってそこに向かう過程に於いての神様任せ成行き任せである。


ご覧頂き有り難うございます。

(和賀心教典 162頁)


ビデオ: https://youtu.be/6gIEMAkc33Q

音声のみ(データ節約): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/nakahara-gorikai/audio/2023-audio/02-audio/Wagakokology_Labo-jp-2023-02-25.mp3


合掌

中原博信

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御神訓




縁談に相性を改め見合わすより

信の心を見合わせよ




信の心を見合わせるということは、

各自が信念をもって、




信じ信じられる二人になるという信が必要だ、

ということと思います




「松秀寒姿」

という言葉があります




松の秀れている美しさは、

どのような寒にも色さえも変わらず耐えている姿だということです




松の心を頂きたいものです




耐える、どうしたらその耐えると言う事が出来るのか、

ただ安気安穏に毎日が暮らせれば良いと言うのでしょうかね、




何の目的も無く、日々を過ごして居ると言う所には、

耐えると言う心は中々出来にくいのではないでしょうかね、




成行き任せ、神様任せと言う生き方も有ります、

いわゆる、一寸違いますけれども、何とかなるさ、とか、




どうにかなるさ、ケセラセラと言われる様な生き方

も有るには有ります、




それと、成行きを大切に、成行きに任せる生き方とは、

似ている様でありますけれども、違うものですね、




似て非なるもの、と言う事ですね、

どこが違うのか、




成行きを尊ぶ、大切にすると言うそこには、

その目的地が有る、確かな目的地が有る、




と言う事が、

第一の大きな違いではなかろうかと思いますね、




いわゆる無目的に、その成行き任せ、と言うのではない、

確かな目的地が定まって居る、定めて居る、




その目的地へ向けての成行き任せ、

と言うのでしょうかね、




風は帆任せ、風任せと、でした、いや失礼、

船は帆任せ、風任せでしたか、




ですけれども、そう言う波間に漂うと言うのでしょうかね、

無目的に日々を過ごして居る、と言うのではありませんね、




確かな目的地を定めて、その中での、神様任せと、

言う事になりますね、




その事を、ここ数日の成行きから感じさせて頂くのですけれども、

特に師匠の場合、師匠も仰って居られましたけれども、




その、日本一有難い私になろうと、

そこに目指しを定めたと、




その目指しを定めたところが良かった、

と言った様な事を言って居られましたね、




そのそこには 2つ意味が有ると思いますね、先ず一つは、

目的地に定めたその目的地が良かったと言うわけですね、




その、日本一有難い私になろう、

と言うその目的地が良かったわけです、




ともう一つは、その目的地を定めたと、

その定まった目的地を持っておった、と言うのでしょうかね、




それがまた良かったのだと、その 2つの事を、

師匠大坪総一郎師は伝えられたかったのではないかと思いますね、




ですから私どもが、ただ無目的に信心をさせて頂く、

と言うのではなく、




何かその確かな目的地を持って、

そこに精進させて頂く、と言う事であって初めて、




その意欲と言うものも

湧いて来るのではないでしょうかね、




それは 100万円儲けたいから一生懸命働く、と言った様な事と、

相通ずるものが有るのかもしれませんね、




ただ、儲けたいとか、あの自動車を買いたいから、

家が買いたいから、何かしらそこに目標が有るからこそ、




その目標に向かって、一生懸命精進努力する事が出来る、

と言うのも、やっぱり人間の性として、




そう言うものが有るのではないでしょうかね、

ですから、もしその目的地が定まっていないならば、




持っていないならば、中々精進のしようが無いと言うのか、

精進努力をしようと言う気も起きませんね、




ここ数日、それこそ師匠の御理解、また教会の出版物、

そう言うものを全部を一緒くたにして、




検索が出来ないものだろうかと、

色々実験させて頂いていますけれども、




中々上手く行かない、中々上手く行かないけれども、

これが出来た暁には、お役に立つに違いない、




と言う何かしら、そう言うものが有るから、

また別の方法はないものだろうか、




こうしたらどうだろうか、ああしたらどうだろうかと、

色々工夫も出来るわけですね、




やっぱり、私どももその、何か目的地を、

目標を自らの心の中に定めさせて頂き、




そしてその目的地に向かって、目標に向かって精進努力をする、

と言う事が大切ではないでしょうかね、




今、私はどこに向かっているのか、

そのそれは取り敢えずは何でも良いと思うのですね、




そしてまたそれが達成されたら、また次の目標を定める、

と言った様な事が必要ではないでしょうかね、




師匠の場合は、日本一有難い私になろう、

とそこに目標を定めて邁進されたと言う事ですね、




どうでも目的地を定める、

と言う事が大切ですね




どうぞよろしくお願いいたします




ありがとうございます



2023年2月24日金曜日

梅の香りを桜に持たせ、枝垂れ柳に咲かせたい (2023-02-24)

 今日も和賀心学 (2023-02-24)

 - より良い暮らしと心の成長を求めて -


師匠大坪総一郎師の御姿勢は、梅の香りを桜に持たせ、枝垂れ柳に咲かせたい、だと仰って居られた。梅の信心辛抱、桜の潔さ、柳の素直さを合わせ持って居られたと言うこと。信心にはやはり辛抱する事が大切。そして本当からより真実を求め潔く切り替えて行く事。それらが神様任せの中でなされると言う事。


ご覧頂き有り難うございます。

(和賀心教典 177頁)


ビデオ: https://youtu.be/GywxIVXlijo

音声のみ(データ節約): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/nakahara-gorikai/audio/2023-audio/02-audio/Wagakokology_Labo-jp-2023-02-24.mp3


合掌

中原博信

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御神訓




忌み汚れは わが心で犯すこともあり払うこともあり




すべての事に御の字をつけて頂ける内容が出来ると、

穢すことも犯されることもありません




信心にも度胸が要ります

神を信ずることから生まれる『ままよの心』をつくってゆくのです




ままよの心の前には、たとえ悪神邪神といえども、

これを避けて通るのです




何事も御事柄として頂ける心と信心度胸、

いわゆる『ままよの心』が出来れば、いよいよ鬼に金棒です




鬼に金棒の何と言いましょうかね、

処世訓とでも言うのでしょうかね、生き方と言うものが有りますね、




信心姿勢、人生における様々な局面に対しての

その姿勢と言うのでしょうかね、




師匠のそのご姿勢を端的に表されたものに、

梅の香りを桜に持たせ、枝垂れ柳に咲かせたい、




と言うのが有りますね、

梅の香りを桜に持たせ、枝垂れ柳に咲かせたい、




梅の信心辛抱、桜の潔さ、そして柳の素直さと言うのでしょうかね、

この 3つの何と言いましょうかね、生き方と言うのでしょうかね、




そう言うものを、

師匠は身に着けて居られたと言う事ですね、




よく世間であれは何ですか、押して押して、押しの一手だ、

と言った様な事を言われますね、




ある時師匠は、そのもう一押しをする人が少ない、

と言う様な事を仰って居られましたね、




そのもう一押しすれば、例えば扉なら扉が開くのに、

そのあともう一押しをせずに、引き返して行く人が多いと、




だから結局、扉は開かずじまいだと、

そのもう一押しをしなければならない、




と言う様な事を仰って居られましたね、

と同時にまた師匠は、その潔さ、と言う面において、




昨日まではこれが本当だと言っておったと、

しかしよくよく稽古をさせて頂くと、こちらの方がより真実だと、




言わば本当からより真実、

と言う事をよく仰って居られましたね、




で、そのより真実な事に気が付いたならば、

より真実な事に、すっぱりと向きを変えさせて頂くと、




言うのでしょうかね、昨日までの本当は捨て去って、

今日からのより真実に切り替えさせて頂く、




それこそ潔く切り替えて行く、

と言う事を仰って居られましたね、




そしていわゆる梅と桜と、そして柳と言うのは、

やっぱり成行き任せと言う事でしょうかね、




今朝のミニ御理解にも有ります、ままよの心、

成行きに身を任せる、言わば神様の御働きに身を任せる、




と言うその、風任せ、神様任せの生き方と言う事ですね、

人間としては、この信心辛抱、そして潔さ、そして神様任せ、




と言った様なこの生き方が、何と言いましょうかね、

持って居られたと言うのでしょうかね、




そう言うものがなければやはり信心の、神様の御教導を頂く

と言う事においては、そう言う心が必要だと言う事ですね、




ある時には、辛抱強さが要り、

ある時には、捨て去ってしまう潔さが要る、




そしてまたそれが、神様の御働きのまにまに、

神様任せの生き方が要る、




その 3つが上手く噛み合わされてと言うのでしょうかね、

組み合わされて行かねばならないと言う事ですね、




今、それこそ師匠の御理解の検索が、ウェブ上で出来ないかと、

色々に実験させて頂いて居るのですけれども、




中々上手く行きませんね、

その上手く行かない事を通して、




神様が、師匠の信心姿勢、その何と言いましょうかね、

もう一押しと言う事、




そしてまた、それがダメだと言う事になったら、

また別のに、より真実のものに切り替えて行くと言う事、




そしてまた、そこに至るまでの成行きを大切に、

その神様任せに、いわゆる拘る事なく、どれかあれかに拘る事なく、




神様任せに、次のステップに進んで行くと言う事、

何かその辺の何と言いましょうかね、




梅の香りを桜に持たせ、枝垂れ柳に咲かせたい、




そう言う師匠のご姿勢を、

神様が改めて教えて下さって居られるように思いますね




どうぞよろしくお願いいたします




ありがとうございます



2023年2月23日木曜日

神様の思いに沿いたいと言う一念をもって成行きを大切に尊ぶ (2023-02-23)

 今日も和賀心学 (2023-02-23)

 - より良い暮らしと心の成長を求めて -


信心は見易いものじゃが氏子から難しゅうすると。師匠大坪総一郎師は簡単です、明瞭です、しかもおかげが確かですと教えて下さる。師匠の許ではその一切が成行きを大切に尊ぶと言う事の中に含まれている。親様の即ち神様の思いに沿いたいと言う一念をもって成行きを大切に尊ぶ時、正しい道に導いて下さる。


ご覧頂き有り難うございます。

(和賀心教典 202頁)


ビデオ: https://youtu.be/6H7vsgUQyKQ

音声のみ(データ節約): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/nakahara-gorikai/audio/2023-audio/02-audio/Wagakokology_Labo-jp-2023-02-23.mp3


合掌

中原博信

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御理解 第3節




天地金乃神と申すことは、

天地の間に氏子おっておかげを知らず、




神仏の宮寺、氏子の家屋敷、みな神の地所、

そのわけ知らず、方角日柄ばかり見て無礼いたし、




前々の巡り合わせで難を受けおる

この度、生神金光大神を差し向け、




願う氏子におかげを授け、理解申して聞かせ、

末々まで繁盛いたすこと、




氏子ありての神、神ありての氏子、

上下立つようにいたす




『末々迄繁昌致す事』とありますおかげは、

神と氏子の助かりにならねばなりません




天地との調和そして交流、

そこからはじめて生みなされるおかげの世界が開かれます




即ち、神人共栄の世界です

究極、神の願いとされるところは、ここにあるのです




神の願いが氏子の上に成り、氏子の願いが神願成就に至る時、

神人交流の歓喜の世界は開かれます




神人共栄の世界、

と師匠は仰って居られますね、




神様と人間氏子とが合い楽しみ合い、拝み合う世界、

合楽世界だと、その私ども人間氏子が助かり、




また神様も助かって下さる、

共に助かり合うと言うのでしょうかね、




そう言う世界実現の為に、

では何をすれば良いのか、




勿論、それは信心による他ないと言う事ですけれども、

その信心とは一体どうすれば良いのか、




その、何と言いますかね、問い詰めると言うのか、

究極の所さあどうしたら良いのか、




と言っても、中々端的に分からない所が有りますね、

しかしその信心をすると言う事が、




私どもが幸せになる、

あるいは神様も幸せになって下さる




その手立て、それが師匠大坪総一郎師の許で、

信心の稽古をさせて頂いておりますと、




簡単です、明瞭です、しかも、おかげが確かです、

と言う事になるのですね、




ではどう言う、何をさせて頂いたら良いのか、




今朝頂きますのは、とにかく私どもがする事、

それは成行きを大切に尊ぶ事だと、




その成行きを大切に尊ぶ事さえして行けば、

その中に全てが含まれて居る、と言う事なのですね、




神様が導いて下さる、心を育てて下さる、

その成行きを尊ぶ中に、一切のものが入って居るのですね、




言わば、成行きを大切に尊ぶと言う事が、

私どもをその幸せの世界へ導いてくれる、




そこに行く為の心構えと言うのでしょうかね、




この心構えだけは、持っていなければならない、

と言うものが有るとすれば、それはいわゆる親孝行の心だと、




その中でも、親の思いに沿いたい、

そしてそれが愈々肉親の親の思いに沿うと言う事であり、




また師匠、親先生の思いに沿うと言う事であり、

更にそれが、神様の思いに沿いたい、と言う、




神様の思いに沿いたいと言う、

その願いと言うのでしょうかね、




その下で、成行きを大切に尊ぶ、

そのもしこの、神様の思いに沿いたい、




と言うこの心が無いならば、我情我欲で成行きを尊んだとしても、

それは本当の所に入って行けるかどうかは分かりませんね、




ただただ、神様の思いに沿いたい、

親様の思いに沿いたい、と言うその一念をもって、




成行きを大切に尊ぶ所に、神様が私どもを正しい方向へと、

正しい所へと導いて下さる、と言う事なのですね、




私どもの心がそれこそ、よこしまな心と言うのでしょうかね、

よこしまな心で成行きを尊んでも、




それはあまり、ある程度のとこまでは、

行けるのかもしれませんけれども、そこから先が中々進まない、




その、我情我欲を捨てると言いますけれども、

なる程成行きを大切にする中に、




我情を鎮め、我欲をコントロールする事が

段々出来て来るのでしょう、




しかしそこ止まりでは、またいけませんからね、

神様の思いに沿いたい、




神様の思いに沿おう、と言う根底のもとに、

成行きを大切に尊んで居ると、そこには欲が生まれて来ます、




それこそ神様のお役に立ちたい、と言う欲であり、

人を助けたい、と言う欲が生まれて来るものですね、




その欲が生まれて来る所まで、行かない人が

結構居られる様ですね、




我情はある程度取れた、我欲もある程度取れた、

そこ止まりなわけですね、そこから先に、




それ以上に、愈々欲が膨らんで来なければならない、

それこそ、お役に立ちたいと言う欲であり、




人を助けたいと言う欲が愈々膨らんで

来なければならないのだけれども、それが中々膨らまない、




何故か、それはやっぱり神様の御心に沿いたいと言う思いが、

欠如して居るからかもしれませんね、




さあここで、どうある事が神様の御心に沿う事なのか、

勿論欲を外すべき所も有りましょう、




しかしそれ以上に、欲を持たねばならない所もまた出て来ますね、

それは、神様の御心に沿いたいと言う思いが根底にある限り、




それこそ捨てねばならぬ欲く、

また大きく膨らませねばならぬ欲、




その辺の見極めと言うのでしょうかね、

その辺を神様が上手に導いて下さると思いますね、




自分でどうこうしようとしても、

中々うまく行くものではありません、




やっぱり、神様のおかげを頂かなければ、

ここ一寸動けぬ私どもです、




ただ、しかし神様の思いに沿いたい、と言うこの思いだけは

持ち続けねばならない、愈々募って来なければなりませんね、




その神様の思いに沿い奉りたい、と言う思いで、

成行きを大切に尊ぶ、と言う事が大切だと思いますね




どうぞよろしくお願いいたします




ありがとうございます



2023年2月22日水曜日

信心の稽古とは自らの心を守るための稽古 (2023-02-22)

 今日も和賀心学 (2023-02-22)

 - より良い暮らしと心の成長を求めて -


信心とは何か、何の為に信心するのかと問われる時がある。色々な答えが有る。願い事が叶う様に、病気災難除け、困り事におかげを頂く為、御神徳を頂く為、神様の御信用を頂く為、自らの心を育てる為、有難くなる為、和らぎ賀ぶ和賀心を頂く為等等、そこに自らの心を守る為ともう一つ加えてはどうだろう。


ご覧頂き有り難うございます。

(和賀心教典 446頁)


ビデオ: https://youtu.be/FZkewPJBPUI

音声のみ(データ節約): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/nakahara-gorikai/audio/2023-audio/02-audio/Wagakokology_Labo-jp-2023-02-22.mp3


合掌

中原博信

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御理解 第84節




おごりがましいことをすな

ものは、細うても長う続かねば繁盛でないぞ




細い道でも、しだいに踏み広げて通るのは繁盛じゃ

道に草を生やすようなことをすな




「理」「情」に徹してみて得る潤いと光彩とを、

そして躍動を与え、




恰も駱駝のごとき気の利かざる存在かに見え、

実は限りなき感銘を人々に与えながら地道に、




『細い道でも次第に履み拡げて通るのは繁昌じゃ

道に草を生やすような事をすな』




を実行させる不思議な力を感ぜずにおられない




昨日から、信心とは、

と言う事の新しい定義と言うのでしょうかね、




そう言うものを頂いて居るように思いますね、

信心とは何かと、




最初はそれこそ、信心とはおかげを頂くものだと、

言う様な、おかげ信心と言うのが有りますね、




自分の思い通りになる様なおかげを頂く、願いが叶う、

難儀から、何と言いましょうかね、




助けて貰う、神様のおかげを頂くと言う信心ですね、

そこから更に、師匠が教えて下さる、




御徳を頂く為の信心、合楽では御徳を頂く道を教えると、

御徳、御神徳、神様の御信用ですね、




信心とは、おかげを頂く為のものだ、と言う所から、

信心とは、御神徳、神様の御信用を頂く為のものだ、




と言う所に段々変わって参りますね、

そして更に、昨日あたりから頂きますように、




信心とは何の為にするのか、それこそおかげを頂く為であったり、

御徳を、御信用を頂く為であったり、




そして更に、自らの心を育てる、

と言う事になりますね、




育てる所に焦点が定まらない限りは、

御神徳を頂くと言う事にもならないと思いますけれども、




そしてまたその信心とは、自らの心を守る為にするものだ、

と言うものが一つ加えられて良いように思うのですね、




そのどれもが、その信心の程度と言うのでしょうかね、

度合いに応じて、それぞれに言えるものだと思います、




そしてまた私ども、心が傷つく、

意外と傷つき易いものですね、




誰かから一寸一言言われただけで、

心がクウッとなったり致します、




そしてまた、何か出来事がある、明日の事が不安になります、

また将来に関しての不安と言うのでしょうかね、




心配が出て来たり、不安が私どもの心の中によぎります、

中々心は強い様で脆いものですね、




その私どもの不安、心配、あるいは焦燥と言った様な、

心を乱すもの、心を傷つけるもの、




そう言うものから、私どもの心を守ってくれるもの、またこれは、

自らが守ろうとする必要がやはり有るように思いますね、




師匠大坪総一郎師は、

心は稽古次第で自由自在に使えるようになるものだと




しかしその心一つが

中々ままならないと言う事も確かですね、




その自らの心を自由自在に使いこなす方法と言うのでしょうかね

術と言うのか、稽古と言うのか、それを師匠は、くノ一修行だと




教えて下さいますね、それは女忍者が自分の姿形を変幻自在に

変える様なもので、自らの心を変幻自在に変えて行く、




言わば助かりの方に変えて行く、有難い、有難いと言う方に、

自らの心を変えて行く、そう言う修行だと、




自らの心を有難い方に有難い方に変えて行く修行だと、

も言えるかもしれませんね、




そしてその、なる程有難いと言う心、

これは確かに、守られた心と言えるかもしれませんね、




心が守られていないから、いや守る事が出来ないから、

自らの心を、自らが守る事が出来ないから、




不安が起こり、心配が起こり、それこそイライラモヤモヤ、

人を責めたり、悲しい心も起こって来る、




もし私どもが、心を自由自在に使う事が出来て、

有難い方に有難い方に、何があっても有難い方に、




何があっても、

喜びで取れる事が出来たら、




それこそ傷つく事の無い心を頂いたと言う事に

なるのではないでしょうかね、




そう言うものが

和らぎ賀ぶ和賀心と総称されるのかもしれませんね、




心が守られている自体、失礼、心が守られて居る世界、

それが言わば和らぎ賀ぶ和賀心、と言うその玉でしょうかね、




に傷が無い世界、心が守られると、

和らぎ賀ぶ和賀心が頂けれる、とも言えるかもしれませんね、




自らの心を守る事が出来ないから、傷がつく、

そして和賀心が崩れてしまう、と言う事にもなりますね、




その和賀心を頂こうとする努力、と同時にまた、

和賀心になって居るとして、その和賀心を崩さない為の努力、




言わば自らの心を守ると言う精進努力が、

やはりまた要るのではないでしょうかね、




そしてその、心を守ると言う事、

さあどうやって自分の心を守るか、




その術を教えてくれる、

それが師匠が教えて下さる合楽理念である、




師匠の御教えの全ては、私どもの自らの心を守る事の為に有る、

とも言えるように思いますね、




私どもが信心の取り組みとして、おかげを頂く為に取り組む、

御神徳を、御信用を頂く為に取り組む、




和賀心を目指す事の為に取り組む、

心を育てる事の為に取り組む、




そしてもう一つ、

私どもの自らの心を守る事の為に、信心に取り組む、




と言う事を一つ加えさせて頂いたらどうだろうかと思いますね、

信心により、自らの心を守る、正に護心術と言う事ですね




どうぞよろしくお願いいたします




ありがとうございます