2021年10月3日日曜日

師匠の御教えを文字面通りに杓子定規に頂くと間違える (2021-10-03)

 今日も和賀心学 (2021-10-03)

 - より良い暮らしと心の成長を求めて -


師匠大坪総一郎師は、黙って治めると御教え下さる。しかし文字面通りに杓子定規に頂いては間違える。黙っていてはいけない時もある。勿論師匠も杓子定規に行ずる事を意図して居られるのではない。行じれば必ず疑問点が出て来る、その時は私の所へ尋ねて来なさいと仰って居られた。今朝は塩梅と頂いた。


ご覧頂き有り難うございます。

(和賀心教典 130頁)


ビデオ: https://youtu.be/gsV_h1mVzr4

音声のみ(データ節約): http://www.gorikai.wagakokoronet.org/nakahara-gorikai/audio/2021-audio/10-audio/Wagakokology_Labo-jp-2021-10-03.mp3


合掌

中原博信

(ブログ): https://wagakokology.blogspot.com

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(初代/ポッドキャスト番組名): 大坪総一郎師御理解集

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御神訓




信心は本心の玉を磨くものぞや




本心に立ち返るということは

人間 この世に生を享けると同時に神性が授けられる




ところが成長するにしたがい我が芽ばえてくる

神性とは似ても似つかぬ浅ましい苦悩の道へ堕落してゆく




そうした人生の分岐点に立った時

真の道を示してくれるのが真の信心である




分岐点と有りますね

ここが今朝私が頂きました事と何か関連が有る様に思います




心中祈念の時からずっと思わせられました事が

師匠が お届けに行った時によく申して居られましたけれども




御教えに取り組む 行じる

そうすればそこに必ず何かしら疑問点が起こって来るものだと




その疑問点が起こって来た時には ここに私が居るから

また尋ねて来なさい とよく仰って居られましたね




確かにそうですね

何も取り組まないから疑問も何も起きない




そのそこにマニュアルが有る

しかしマニュアル通りにしようとしても




何かしら疑問 ああここはどうしたら良いのだろうかとか

ここはどうなんだろうと言った様な事が起こって来るものですね




師匠の御教え下さる御理解 例えば黙って治めるとか

成行きを大切に 受けて受けて受け貫く と言った表現をされます




しかし師匠が本当に教えたいと言うのでしょうか

表現したいのは




その文字面と言うのですかねぇ

いわゆる杓子定規な文字面ではないと言う事なのですね




黙って治めなさいと言われる 文字にしてしまえば

教えとしてしまえば 黙って治めると言う事ですから




そこには何でもかんでも黙って治めると言う意味合いしか取れませんね

その黙って治めると言う文字を目にした時にですね




また話で聞いても そこから読み取れるのは

何でもかんでも黙って治める と言う風にしか取れません




しかし師匠が意味される所は

そうではありませんね




実は今朝は その塩梅と言う様な事も頂いていたのですけれども

いわゆる御教えにも それが有ると言う事なのですね




黙って治めると教えて下さるから 何でもかんでも黙って治める

と言う杓子定規に頂くのでは駄目だと言う事なのですね




それこそ受けて受けて受け貫くと言われるから

何でもかんでも受けて行くのだと これも違うのですねぇ




表現すればそう言う表現しか表現のしようが無いのですけれども

内容はもっと奥深いと言うのか




その時その時に応じて受け方も違って来る




これはやっぱり実際

その現場に即してみないと分からないと言う所が有りますね




黙って治めてはいけない時も有るのですね

受けてはいけない時も有るのですね




これはその場になってみなければ やはり分からない

言葉で表現するのが難しい所ですね




例えばそうですねぇ

ラーメンをお客さんに出すとしましょうか




店のマニュアルでは この一杯のラーメンに お塩を例えば

2グラムなら 2グラム入れなさいとなっているとしましょうか




ですからラーメン一杯作るのに 私よく知りませんけれども

例えばですが 例えば 2グラムのお塩を入れる それで皆に出す




マニュアル通りにすると言う訳です




しかしそれではお客さんによっては辛いと言ったり

塩味が足りないと言ったり それは様々だと思いますね




それは何故かと言うと




例えば今それこそ肉体労働をして来て

汗をブルブルにかいている そう言うお客さんと




例えば今まで冷房の中でそれこそヒヤヒヤと

机の コンピューターか何か事務仕事をして来た人




その 2人のお客さんに同じ様にマニュアル通りの 2グラムなら

2グラムと言うお塩を入れて出しても 満足されるとは思えませんね




それこそ今汗をかいて

それこそ汗をブルブル出して来た




そう言う人には も少し塩加減を効かせる

お塩を増やすと言う事が要るでしょうね




そしてまた冷房のガンガン効いた中で

事務仕事をして来た人には少し塩を減らす




と言うその塩梅をして初めて

両方のお客さんが美味しいと言って下さるのではないでしょうかね




言わば違うのですね 杓子定規にはいかない

料理と同じかもしれませんね




御教えを行ずると言っても




御教えに それこそ黙って治めると書いてあるから

と言うその杓子定規にはいかないと言う事なのです




受けて受けて受け貫きなさいと書いてあるからと

その杓子定規に御教えに取り組むのでは




師匠が意図された本当の教えを行ずる

教えをマスターすると言う事にはならないと言う事ですね




マニュアルには

一杯のラーメンに 2グラムのお塩だと書いてある




だからそれをマスターした 覚えた

これで万全だと言う訳にはいかないのと同じですね




その時その時に応じて 受けてはいけない成行きも有れば

黙って治めてはいけない事もあると言う事なのですけれども




この辺の塩梅は やはり実際その場にあってみなければ

その時その時の何と言うのでしょうかねぇ




その場にあってみなければやっぱり分からない

教えようもないと言う訳ですね




ですから師匠が 必ず行じようとしたら疑問な所が出て来る

出て来た時には尋ねに来なさい と言われた




その微妙な 教えを行じる上においての微妙な塩梅

と言うものを師匠が教えて下さる




またそうでなければ と言うのか

教えと言うのはそう言うふうに出来ていると言うものなのですね




杓子定規に教えを 文字面通りに頂くのではない

と言う事なのです




師匠は その何と言いましょうかねぇ

そこにもどかしさを感じて居られたのかもしれませんね




文字や活字になってしまうと

どうしてもその杓子定規なものしか伝わりませんけれども




実際の御教えと言うものは

もっと血肉の通うたものなのだと言う事ですね




そこの所を良く良く分かって居りませんと

ついつい杓子定規に御教えを見てしまう




そうではない 焦点はやはり

どうあったら神様に喜んで頂けれるだろうか




どう頂く方が神様の御心により適うだろうか

とそこに焦点を置いての御教えだと言う事ではないでしょうかね




どうぞよろしくお願いいたします




ありがとうございます



2021年10月2日土曜日

天地金乃神様は成行きを通して実に具体的に見易く教え導いて下さる (2021-10-02)

 今日も和賀心学 (2021-10-02)

 - より良い暮らしと心の成長を求めて -


師匠大坪総一郎師を通して現れて下さる天地金乃神様は成行きを通して実に具体的に見易く教え導いて下さる。昨日も成行きの中に、合楽理念を本当に身に着ける為には、先ずは今までの常識観念、宗教観念をかなぐり捨てなければならないと。良いとこ取りでは決して本当なものにはならない、一切を頂かねばと。


ご覧頂き有り難うございます。

(和賀心教典 347頁)


ビデオ: https://youtu.be/kSUGPkszigM

音声のみ(データ節約): http://www.gorikai.wagakokoronet.org/nakahara-gorikai/audio/2021-audio/10-audio/Wagakokology_Labo-jp-2021-10-02.mp3


合掌

中原博信

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御理解第51




天地の間に住む人間は神の氏子

身の上に痛み病気あっては 家業できがたし




身の上安全を願い 家業出精 五穀成就 牛馬にいたるまで

氏子身の上のこと何なりとも 実意をもって願え




草野球に勝たせて下さい

といったような無邪気な願い




生身の人間が

その生身のままで幸福になろうとする時の素朴な願い




こういうおかげは おしゃぶりを頂くようなもの

本当の血肉になるおかげを頂かねばならない




実意をもって願へ

とはそういうことである




師匠が 本当の血肉になるおかげ

本当の血肉になるおかげを頂かねばならないと




これは本当の血肉と言うのは

心の糧と言う事だと思いますね




本当に心が育つ そう言うおかげを頂かねばならない

と言う事だと思いますね




この天地金乃神様 師匠大坪総一郎師を通して御働き下さる

現れて下さるこの天地金乃神様 なる程御親切な方だなと




また具体的な例をもって御示し下さるなと

改めて今日は感じさせて頂いています




分かり易く御教え下さいますねぇ と申しますのは

師匠がよく 過去の宗教観念と言うのでしょうかね




過去の常識観念 そう言うものをかなぐり捨てなければ

本当の 真の信心は出来ないと言う様な事を教えて下さいます




また師匠の合楽理念 これを何と言いますかねぇ

良かとこ取りと言うのでしょうか




自分の良い所だけ これは役に立つな ここは良いな

この御教えは良いな とその自分に都合の良い所だけを頂こうとする




これでは いわゆる本当のものには成らないよと

その本当のものが身に着く事には成らないよと




仰って居られましたけれども

その事を昨日 今日にかけて改めて実感させられています




その事を具体的な例をもって

神様が御示し下さったのだなと思います




それは 2 3日前でしたか

その師匠の御理解検索の今年度版が出来たと




そしてそれを配布して居ります

と言うお話をさせて頂きましたが




それを使われた方が どうもおかしいと

何か不具合が 上手く行かないと 言うご連絡を頂きました




それで どこがおかしいのだろうと思い




どう言う環境で どのバージョンを使ってるのか確認して

教えて下さいと申しました




そしましたらご返事を頂きました

で あれっと思いましたのは




その私が配布させて頂いているバージョンですね

それは 1 7と言うバージョンなのですけれども




厳密には 1. 7 ですか 点 そしてベータ版の 03 と言うのですけれども

略して 1 7 と致しましょうか 言うバージョンなのです




ところがその不具合が起こっている と仰られた方のバージョンを

確認してもらったら 1 6 と言うバージョンでした




その決して古い訳ではないのですね 最新版なのです

しかしそれがいわゆる安定板と言う訳です 動作が安定していると




私が同梱しましたは ベータ版と言う

1 7 のベータ版と言う次の世代のもの




一寸改良したと言うものを同梱させて頂いた訳ですね

どこかに不具合が有るかもしれませんよと言う版なのです




ところがその安定板の 1 6 と言うので

何か問題が起こっていると言う事なのですね




ところがこれは私が配布したものではない訳です




おそらく直接ダウンロードされて そして私が送らせて頂いた

そのデータの部分だけを取り込まれたのだと思いますね




ですから私が配布させて頂いたものではないもの

を独自にインストールされ




そこに何か不具合が起こっていると言う訳です




これは一旦

その不具合の起こっているものを完全にアンインストールして




そして私が送らせて頂いたものを 新たにインストールして頂けば

おそらく問題は解決すると思うのですね




それで ああなる程そう言う事かと

これが師匠が仰って居られた 私の良いとこ取りをしても駄目だよと




それこそ

頭から頂かなければ




私の良い所も 悪い所も全部頂いてもらわなければ

本当のものにはならないよと仰って居られました




ああこの事だなと思わせて頂きました

その事を具体例をもって神様が示して下さったのだと思いますね




つまりその新しいデータの良いとこだけを使おうと言う様な事では

上手く行かない事が有ると言う訳ですね




上手く行く事も有りましょうけれども

上手く行かない事も有ると




師匠がその合楽理念をマスターしようとするならば

先ずは今まで身に着けて来たものを




一遍はそれこそ一切合切をかなぐり捨てなければ

本当の意味において合楽理念を身に着ける事は出来ないよと




なる程今まで色々な信心を身に着けて来たり

常識観念を長年の間身に着けて来ている




そのそれらの常識観念や 今までの宗教観念のその上に

合楽理念の ここは良いとこだ ここは美味しそうだなあと




ここは役に立つな と

そのつまみ食いをする様にと言うのでしょうか




自分にとって

ああここは良いとこだなと思う所だけを頂こうとしても




本当の合楽理念が身に着く事にはならない

と言う事なのですね




先ずはとにかく今まで自分の中にある常識観念 凡情 宗教観念

そう言うもの一切合切をかなぐり捨てなければならないのです




一遍はそのいわゆる不具合の起こっているものを

アンインストールしてしまわなければ




全てをかなぐり捨ててしまわなければ

そしてそこから新たに師匠の合楽理念を




それこそ一からではなく ゼロから頂き直さなければ

頂かなければならないのですね




そしてそれが 頂き貫いた マスターした後には

また昔身に着けておったものが役に立つ時が来ると言う事なのですね




しかしその一旦は 全てをかなぐり捨てて

今までの宗教観念 常識観念を一旦はかなぐり捨てて




その上で師匠の説かれる合楽理念をそれこそ頭から

ゼロから頂き貫いて マスターして




そしてまた改めてそこに

自らの何かが加えられると言うのでしょうかね




よく習い事に

守 破 離と言う様な事を申されますね




その守に至る前に先ずは そこまでに持っていたものを全てを

やはりかなぐり捨てなければならない と言う事ですね




師匠の合楽理念を

今まで持っていたものを全部捨て去って 頭から頂く




そう言う姿勢でなければ 本当の

本当にマスターすると言う事には成らないと




本当のものには成らないと言う事ですね




どうぞよろしくお願いいたします




ありがとうございます



2021年10月1日金曜日

人間は神の子として神の芽を発芽させる為にこの世に生まれたのかもしれない (2021-10-01)

 今日も和賀心学 (2021-10-01)

 - より良い暮らしと心の成長を求めて -


人間は神の子として神の芽を発芽させる為にこの世に生まれたのかもしれない。師匠大坪総一郎師は、柿の種も机の上に置いて置くだけでは発芽しない。お土の中に入れて初めて発芽する。人の心もそのままでは神の芽は発芽しない。土の心をもってしなければ神の芽は発芽しないと。


ご覧頂き有り難うございます。

(和賀心教典 173頁)


ビデオ: https://youtu.be/fD96gxlYLrc

音声のみ(データ節約): http://www.gorikai.wagakokoronet.org/nakahara-gorikai/audio/2021-audio/10-audio/Wagakokology_Labo-jp-2021-10-01.mp3


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中原博信

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御神訓




疑いを去りて信心してみよ

みかげはわが心にあり




拝む気になる おかげがあります

改まって信心すれば心が助かります




本心の玉を研く気になって信心すれば

お徳が受けられます




昨日師匠の研修を聴かせて頂いて居りましたら

昭和 53年の 11月何日でしたかね




その中でこれが 言わば師匠の信心の神髄でもあろうかと

思う様な事を仰って居られました




沢山の事を 色々な事をお話下さって居りましたが

その中で特にその時に私が感じさせて頂きました事が




そしてまた今朝の心中祈念の時に

それが心に残っていたからだと思いますが 思わせて頂きますのは




人間は神の子として神の芽を発芽させる為に

この世に生を受けたのではなかろうか と言う事ですね




人間は神の子だと言われます

その神の子としての神の芽が宿っている




その神の芽を発芽させる為に この世に生まれたのは

生まれたのかもしれないと思うのですね




師匠はその勿論

その日の朝の御理解を元にしての研修でしたけれども




その中で柿の種をそれこそ断ち切ってみる

真っ二つに断ち切る 断ち割ると言うのでしょうかねぇ




そうすればまたその中にも柿の種の芽が有ると




ただこれが柿の種を表面を少し擦った位とか

少し削った位では分からないと




真っ二つに断ち割ってみなければ

その芽が有る事が分からないとも仰って居られましたね




これは少々私どもが改まりますと言って少々改まったり

心を削ると言った位ではその芽が有る事には分からないと




言う事かもしれませんね




自らの心と言うのでしょうか それを断ち割ってみて初めて

その神の芽が有ると言う事が分かるのだと




これは誰の心の中にでもその神の芽と言うものが宿って居ると

宿って居るけれども ここからが大切な所だと思いますが




例えば柿の種が有る 柿の種を机の上に放置して置く

あるいは引き出しの中 どこかそこらに置いて置く




それだけでは決して芽が出る事はないと

土の中に戻すと言うのでしょうかねぇ




土の中に埋めて初めてその柿の種が発芽する 芽を出すのだと

その柿の種が柿の芽を出す為には土の心が要ると言う訳ですね




土の中に 土の中に埋めなければ発芽しない




もっとも水だけでも発芽すると言われれば

そうかもしれませんけれども




ここで大切なのは

そのそれは例えば水の心と言っても良いのかもしれません




師匠は土の心と仰って居られますね

そのお土に戻す お土をかける それで初めて芽が出て来るのだと




人間の心も 土の心をもってして初めて

神の芽が芽吹くと言うのでしょうかね 発芽するのだと




もし人間が土の心 いわゆる土の中に人の心を埋めないならば

何もしないならば それは決して芽吹く事はないと




人間は神の子であるけれども それが土の中に入れないならば

種子が種子で終わってしまうと言う事なのですね




なる程私ども 生神の性と言うのでしょうか

神の子としての芽を種子を持っている




しかしそれが何にもせずにと言うのか 普通に普通の一生を終われば

それは神の子としての芽が発芽する事もなく終わってしまうと




言う事なのですね




そこに土の心をもってして初めて神の子としての神の芽が芽吹く

発芽すると言う事なのですね




何故土の心が大切なのか

と言う事がハッキリしましたね




土の心をもってしなければ

神の子としてのその神の芽が発芽しないと言う事なのです




ですから世の中にはその神の芽が発芽しないで終わってしまう人達も

沢山居られると言う事ですね




その事が分かりませんからね

やっぱりこれは教えてもらわなければ分かる事ではありませんね




師匠に教えて頂いて なる程土に戻す

あるいは土の心をもってして初めて神の芽が芽吹くと言うのですからね




何故私どもが土の心を身に着けねばならないか

土の心を稽古しなければならないか




それは神の子としての 神の芽を持っておる

持って生まれて来た私どもが その神の芽を芽吹かせる為には




どうでも土の心をもってしか

その発芽しないと言う事になる訳ですね




先ずは私どもが 人間が神の子として

その神の芽を持って居るのだと言う事




その事が分かり そしてその神の芽を発芽させる為には

どうでも土の心をもってしか発芽しないのだと言う事ですね




ですから先程も申します様に 世の中には折角神の芽を持ちながら

それを発芽させずに 芽が芽吹く事なく




そのままで一生を終わってしまう様な人達が

実は沢山居られるのだと言う事ですね




師匠に縁を頂いたと言う事は

その神の芽を芽吹かせる手立てを教えて頂いたのですから




どうでも私どもが 神の芽を芽吹かせる

神の心を育てると言う事にもなりましょうかね




その為には土の心をもってしなければならない




土の心は 私どもの神の子としての神の芽を発芽させる為の

土の心であると言う事ですね




どうぞよろしくお願いいたします




ありがとうございます